
薬をやめるという選択
私は、薬をやめるという選択をしました。
けれど、それは「薬が嫌いだったから」ではありません。
むしろ逆です。
あの頃の私は、薬にすがっていました。
飲めば安心できる。
飲まなければ崩れる気がする。
だから本当は、薬をやめたかったのではなく、
“薬がなくても生きられる体”になりたかったんです。
もちろん、簡単にたどり着けたわけではありません。
何度も崩れました。
何度も戻りました。
それでも、少しずつ生活を変えていく中で、
ある感覚だけが静かに残っていったんです。
「このままでは終わりたくない」
その感覚だけは、消えませんでした。
最初に手をつけたのは、たばこだった
最初は、たばこでした。
深い理由があったわけではありません。
ただ、吸うたびにどこかで思っていたんです。
「本当は、体が嫌がっている」
でも、人はそんなに簡単には変われません。
「今日は10本までにしよう」
そう決めても、数日で崩れる。
ストレスが溜まる。
気持ちが荒れる。
結局また火をつける。
その繰り返しでした。
一度だけ、1年間やめたことがあります。
でも、ある日ふと思ったんです。
「1本くらいなら、大丈夫だろう」
その1本で、元に戻りました。
依存というのは、
“量”ではなく、“感覚”なんだと思いました。
中途半端を捨てた日
だから、もう一度やめると決めた時は、
残っていたたばこを全部捨てました。
ライターも。
灰皿も。
逃げ道を残したままでは、また戻ると思ったからです。
あの時、捨てたのは“たばこ”だけじゃありません。
「少しくらいならいいだろう」
そうやって自分をごまかす考え方も、
一緒に捨てた気がします。
習慣は、全部つながっていた
たばこをやめると、不思議なことに気づきました。
吸いたくなる時は、酒も欲しくなる。
ストレスを感じる。
たばこを吸う。
酒を飲む。
その流れが、自分の中に一本の線みたいにつながっていたんです。
だから、たばこをやめるというのは、
ただ煙を断つことではありませんでした。
生き方そのものを見直す入口だったんです。
酒は、もっと厄介だった
正直に言えば、酒の方が難しかった。
適度なら大丈夫。
今日だけなら大丈夫。
そうやって、自分に言い訳できてしまうからです。
ノンアルコールに変えても、
どこか満たされない。
結局また戻る。
その繰り返しでした。
でも、たばこをやめて少し体が楽になると、
考え方が変わり始めました。
「酒を飲んでも、何も解決しない」
そう思うようになったんです。
苦しさをごまかしていただけで、
本当は何一つ、前には進んでいなかった。
会合では、自然とウーロン茶を選ぶようになりました。
最初は我慢でした。
でも、ある日気づいたんです。
「飲みたい」と思っていない自分に。
生活を整えるということ
ジュースもやめました。
間食も減らしました。
特別な健康法ではありません。
ただ、“崩れる原因”を一つずつ減らしていっただけです。
たばこ。
酒。
甘い缶コーヒー。
間食。
どれも、心の隙間を埋めるために続けていた気がします。
でも、本当に必要だったのは、
刺激ではなく、休ませることだったのかもしれません。
だから、薬をやめた
私は、勢いで薬をやめたわけではありません。
生活を変え続けた結果として、
「薬を減らせるかもしれない」という感覚が生まれた。
その延長線上に、
薬をやめるという選択がありました。
もちろん、不安はありました。
再発もありました。
でも、そのたびに考えたんです。
何を食べていたか。
何を我慢していたか。
何にストレスを感じていたか。
そうやって、自分の体と対話するようになりました。
火妖人が残したもの
うまく説明はできません。
でも、昔から自分の中に残っている感覚があります。
消えそうになっても、完全には消えない火。
火妖人という言葉を作った時、
私はたぶん、その感覚を形にしたかったんだと思います。
人は、壊れる。
でも、全部は消えない。
静かに残っているものがある。
私は、それに何度も助けられてきました。
正解ではない
潰瘍性大腸炎は、人によって違います。
だから、
「薬をやめた方がいい」なんてことは言いません。
ただ私の中には、薬の副作用が心配でした。
長年のみ続けなければいけない。
体調がよくても飲む理由がわからない。
お金と時間がかかる。でした。
医療は大切です。
薬に助けられる人も、たくさんいる。
ただ、私が伝えたいのは、
薬をやめるという選択の裏には、
それなりの覚悟と積み重ねがあったということです。
最後に
特別なことをしたわけではありません。
ただ、自分から逃げるのを少しずつやめただけです。
もし今、
同じように苦しんでいる人がいるなら、
無理に真似をする必要はありません。
でも一度だけ、
自分の生活を静かに見つめてみてください。
そこには、
まだ消えていない火が残っているかもしれません。
著者|黒子ダイル


コメント