火妖人物語 第8話|6回の死を考えた日

火妖人物語

**火妖人(びようじん)とは**、孤独から生まれた「心の炎」
悩みや苦しさの中で、何も言わずにそばにいて、
静かに支え続けてくれる存在です。
 ーー増田ヨシヒロ

小中高生 2025/532人

はじめに、皆さんと共有する
2025年の1年間で、子供の自殺が532人とニュースで話していました。

実は、私も自殺に追い込まれた経験があります。

1回目 16歳頃 ― 夢の終わり
2回目 28歳頃 ― ……
3回目 50歳頃 ― お金の話
4回目 55歳頃 ― ……
5回目 62歳頃 ― 経営の失敗
6回目 66歳頃 ― 耳、眠れない夜


ブログの世界って、「こうすれば成功する-5つの方法」
とかが多いでしょう。
私のブログは失敗談が多いと思います。

孤独、失敗、いじめ、そして挑戦

私の68年間の経験が、
少しでも役に立てばと思い書いています。


その瞬間は、つらいかもしれない。

でも、長い目で見たときに、
その経験は生かされます。

書いていませんが、15歳の時の包丁事件もありました。

人生って、身を任せてもいい時もあるし、
解決できないこともたくさんあります。


今日死にたい。
明日元気だなんてことはありません。

半年、1年続く。
一生続くときもあります。
でも安心してください。
自分の心は少しずつ大人になっていきますから、
大丈夫です。

それでも――

・ご飯が食べられる。
・今日一日、一回笑えた。
・感動する歌を聞いた。
・お風呂にゆっくり入れた。
・今日ひとつでもできたら、それでいいんです。

これだけでも、十分じゃありませんか。


人生、貧乏も金持ちも、悩みは持っていると思います。

お金があれば、誰かに狙われる。
お金がなければ、狙う人もいないでしょう。


まずは、私の少しの経験ですが、読んでみてください。

ほんの少しでも、何かのきっかけになればと思います。


孤独のはじまり(3歳の記憶)

おそらく、3歳の孤独から始まったのだと思います。

その頃は、「死」という言葉がありませんでした。

雨漏り、貧乏、屈辱、孤独。

もしその言葉を知っていたら、
考えていたかもしれません。

火妖人(びようじん)が生まれたのは、
私が初めて孤独を知った、あの日からでした。

3歳。
理由もわからないまま、ただひとり取り残されたような感覚だけが、
胸の奥に残りました。

その日から、私の中に小さな炎が灯りました。
消えることのない、静かな炎です。

それは孤独でありながら、
同時に、私を支える存在でもありました。

「もうだめだ」と思ったその瞬間、
その炎は、必ず私を引き戻してくれるのです



初めて自殺を考えた高校時代

初めて自殺を考えたのは、高校生の時でした。

小さい頃からの夢、プロ野球をあきらめたときです。

荒れ狂いましたよ。

おとなしい性格なのに、急に喧嘩っぱやくなり、
何も怖いものがなくなりました。

通学中、サラリーマンにガンをたらしたり、
家では真冬の寒い中、親父の一升瓶を奪い、ガラス戸にぶん投げて喧嘩になりました。

でも、その時は死のうとは思わなかった。

何ヶ月かたったある日、
急に自分が弱々しい人間に変わり、

「死にたい」

それが最初でした。

当時は携帯もなく、情報もなかった。
それが、逆に助けになったのかもしれません。

そしてその後、音楽との出会いがあり、
シンガーソングライターを目指すことになり、
元気を取り戻したのでした。

ただ、日常は孤独でしたよ。
兄弟3人いても、
「おまえはまだ小さい、まだダメだ」

と私の体に染みついている火妖怪がつぶやくのです。
その言葉は一生消えないのです。

※この話は、火妖人第1話で綴っています。


孤独という存在と火妖人

一番は、孤独でした。

いつも、ついてまわるんです。

68歳になって、気付いたことがあります。

この物語の中でも出てくる
「火妖人」という存在。

孤独から生まれた、
自分を守ってくれる存在です。

私は、そう呼んでいます。

※2回目は話せない。

借金と絶望(3回目)

逃げても逃げても借金が増えていく

個人で1億円以上の借金を抱えたときでした。

毎月、保証協会へ頭を下げに行きます。

「また、あんたか」
「もういい加減にしろ。もう貸せないよ。」

その声は、周りにも聞こえていました。

それでも社員には、
どんなことがあっても給料を遅らせず払いました。

当たり前のことですが、
それだけは守りたかった。

その頃から、うつ状態になり、耳鳴りも始まりました。

一人部屋にこもり、
涙が止まらない日もありました。

「俺は、誰のために会社をやっているのだろう」

そんな毎日でした。

それでも、少しずつ返済は減っていきました。

本当に、自ら命を絶つことも考えました。


人を思うことで変わった考え方


4回目の出来事

次に死のうと思ったのは、さすがに言えませんが、
ひとつ言えるとすれば――

みんな、孤独を持っているのではないか。
そう思ったことです。

長い時間はかかります。

自分もつらい。
でも、相手もつらいのかもしれない。

そう感じたとき、
私は自分よりも、相手を先に考えるようになりました。

最初は、憎かった。

でも、自分の行動を180度変えました。

簡単ではありません。

それでも、
自分がつらいとき、周りもつらいのかもしれない。

自分がいい人になったり、素に戻ったり
その繰り返しです。

私も神様ではないので、
相手を憎むこともあります。

でも、それも含めて、
「本当の思いやり」なのかもしれません。



そして5回目-理想と現実

店が大きく揺らぎました。

信じていた人が、辞めると言ってきたのです。

あまりにも突然で、
その日から夜も眠れなくなり、挙動不審になり、
また、うつ状態になりました。以前と同じです。
一年間は治らなかったように思います。

説得も届かず、その人は去っていきました。
経営も順調でした。
何とか立ち直りかけた頃だったし、

ここに、ずーといてくれると信じ切っていました。
中小企業の悲しい現実です。

でも、これは私の経営責任です。

もうダメだ――
本気で、そう思いました。

それでも、9ヶ月後。
銀行が手を差し伸べてくれました。

それからも、いろいろなことがありました。

それでも――
なんとか、ここまでやってこられたのです。

6回目の悲劇-なった人にしかわからない話


そして、ここ三年あまり。

耳鳴りが、24時間止まらなくなりました。

蝉の声のような音です。
「俺はもう限界だ。」

治そうと思い、新潟の富田先生の動画を見ました。
そこで「頭なり」という恐ろしさを知りました。

脳が勝手に音を作り出し、頭の中で鳴るのだそうです。

薬も試しました。
針もやりました。
回数券を買って整体にも通いました。

東京、大阪、佐倉病院でMRIも受けましたが、異常はありませんでした。

薬は「1年続けなさい」と言われましたが、
1か月でやめてしまいました。

続きませんでした。


YouTubeのコメントには、
「もう○○たい。」

そんな言葉が、たくさん届くそうです。

耳鳴りで悩んでいる人は多いと聞きます。

でもこれは、
なった人にしかわからないつらさです。


それでも――

ある日、ハプニングが起こりました。

これは、あくまでも私の個人的な感覚ですが。

「耳鳴りが治った。」

思わず、妻に話しました。

もちろん、完全に治ったわけではありません。

ただ――

耳鳴りが「気にならなくなった」。

それは、確かなことでした。


それだけで、

毎日「死のう」と悩んでいた気持ちが、
少し楽になったのです。


この話は、また「火妖人物語」で書きます。
大切な良い話で、長くなりそうなので
続きはまた今度にします。


今回のまとめ

人生は、つらいことの方が多いのかもしれません。

でも、すべてがつらいわけではない。

人を思いやる気持ちがあれば、
ほんの少しだけ、幸せの扉が見えることもあります。


何度も死を考えてきた、こんな私でも、
今、こうして生きています。

もっと大変な人生を歩んでいる人も、
きっとたくさんいると思います。


私にできることは、
こうしてブログで伝えることくらいです。

それでも――

人生には、いい時もあります。


「適当に生きる。」

それくらいでも、いいのかもしれません。

私は真面目な人間です。

だからこそ、
少し肩の力を抜くことも、大切だと思っています。


自分を責めすぎずに。

もしよければ――

火妖人と、少し話をしてみてください。

きっと、そばにいますよ。

つづく

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