【火妖人物語】第14話|美容室を5店舗経営ー走りすぎた失敗|黒子ダイル

**火妖人(びようじん)とは**、孤独から生まれた「心の炎」   
悩みや苦しさの中で、何も言わずにそばにいる存在。


【初めての美容室経営の現実】

わずか15坪の美容室オープン。
スタッフ3名。
私は美容師ではないし経営も初めて。
それでも始めた以上、やるしかない。

事前に埼玉県までオゾンのカラーシステムを
勉強するために、その店のカラー会員になって
1年間通った。

まずは自分が体験することで見えてくるものがある。
そう信じて学びに通っていた。

車で、1時間30分はかかったが体験した効果は
オープンからの自信につながった。

美容室をオープン

おそらく、ほとんどの経営者は必死で行動するはずだ。
私もそうだった。

毎日のように朝早く起きてポスティング。
もちろん当時は新聞広告も100万円ほど使って出した。
他の関係者も一緒に活動してくれた。

そのおかげで経営は軌道に乗った。
少しずつスタッフも増えて、毎週のように勉強会は行われた。

私の知り合いで、ボスという有名なスタイリストがいた。
ボスは私の片腕のように手伝ってくれた。
美容選手権のトロフィー賞状が100以上あったと思う。

私は、デパートでの経験を活かし
接客の勉強を教えていた。

時にはジャパネットたかたの表現も
みんなと一緒になって真似をしたことがある。
これは、みんな大笑いだった。

そして、海外旅行も何度となくいって、
明るい職場は続いていたのである。

あとから気が付いた落とし穴

私は経営に走っていた。
儲かっているように見えた。
ただ、当時の私は決算書の見方も
儲かっているかいないかもわからなかった。

法人税、あとから来る消費税。
売り上げはわかるが、減価償却の意味など
全く分からなかった。

火妖怪は、おそらく私に言いたかっただろう。
「ちょっと走りすぎじゃないか」ってね。

お金は回っていたから、もうかっているような気がしていた。
そして、次に店を出すことを私は考えていた。

店長に「次どこへ店を出そうか。」
そんな問いかけをしたように思う。
そして何年もしないうちに、2店舗目をオープン。

理想がうまくいくというのは、こんなに楽しいことはない。
当時はそう思っていた。
でも一店舗目の借入金はまだ返済途中だった。

それでも銀行はお金を貸してくれた。
少し、返済が増えたけど「まあいいか」
そんな感じだった。

経営は良い時ばかりではない

私の売り上げ理想、人事、経営方針の伝達。
少しずつくるってくる。
最初は1店舗だから、しっかりと目が届くし
私の美容に対する考え方もスタッフには
浸透していたように思う。

それが店舗が増えることで、状況は変わった。

地下13階まで落ちてしまった

その理由はこうだった

・カラー会員の戦略だけでは通用しなくな った。
・売り上げが伸びなかった。
・スタッフ―の指示が不足し始めた。
・地域が広すぎて、勉強会ができなくなった。
・売り上げと支払いのバランスが崩れていった。
・結婚、出産時期になり、売り上げは下がった。

とにかく、「諸行無常」だった。
10年という歳月は、神様は私に苦難の道を選ばせた。
そして、地下13階というところまで
落とされたのである。

一度落ちてしまうと有名な芸能人のようには
返済できない。

負のスパイラル

一度失敗するとなぜか、運は回ってこなかった。
私の甘さから、「かわいそうだ」と思い
美容室の居抜き物件を1000万円で買ってしまったこと。
そして、1年もしないうちに閉店。

それが尾を引いてか、経営はうまくいかなくなった。
銀行が憎く思えた。
自分のバカさ加減らもあきれ果ててしまった。

経営を縮小しても借金は減らない。
売り上げと返済のバランスは崩れる。

一番つらかったのは、こんなこと誰にも言えなかった。
つらい顔も見せられない。

あれから何回、銀行に頭を下げただろう。
まだ続く借金のかたまり。
スタッフには絶対迷惑はかけられない。

つらくても私が決断したこと

「私の人生は終わりなのだろうか。」

でもこのままでは終わらない自分は生きていた。
火妖人は、消えない炎をともし続けていてくれている。

ー火妖人|黒子ダイル

私が使っているブログです。
▶ レンタルサーバーコノハ

私は、人生の総集編としてブログを書いてます。
もうすぐ69歳。
それでも
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挑戦を続けるシンガーソングライターです。

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