【火妖人物語】第8話|「アィーン」と笑われた日|黒子ダイル

今でも続く、歯並び・受け口のコンプレックス

15歳の夏のある日。私の人生は変わってしまった。

68歳になっても消えない傷

私は68歳になった。

それでも時々、
口元を見て笑う人がいる。

若い頃だけの傷だと思っていた。

歳を取れば、
こんな悩みは消えるのだと。

でも、
火妖怪は歳を取らなかった。


貧しかった少年時代

矯正という言葉すら遠かった

小さい頃の私は、
貧乏だった。

矯正なんて、
遠い世界の話だった。

情報もない。

相談する人もいない。

毎日を生きるだけで精一杯だった。

だから、
歯並びを治すなんて、
考えたこともなかった。


火妖怪が生まれた日

「アィーン」と笑われた

15歳の頃だった。

教室で、
大きな喧嘩をした。

きっかけは覚えていない。

でも、
一つだけ忘れられない。

「アィーン」

誰かが、
私の口元を真似して笑った。

一度ではなかった。

笑い声だけが、
教室に広がっていた。

私は、
気づくと相手につかみかかっていた。

悔しかった。

本当に悔しかった。

胸の奥が、
焼けるようだった。

その瞬間、
私は初めて知った。

「あっ……
これがコンプレックスなんだ」

それまで普通だった顔が、
急に“笑われるもの”になった。

あの日から、
私の中に火妖怪が棲みついた。


母にぶつけてしまった言葉

今でも消えない後悔

家に帰った私は、
母に怒鳴った。

「なんで、
こんな顔にしたんだよ!!」

今思えば、
最低の言葉だった。

母は反論しなかった。

ただ、
少しだけ笑った。

あの時は、
その意味がわからなかった。

でも今ならわかる。

きっと母も苦しかった。

貧しさの中で、
どうにもできなかったのだと思う。

それでも、
必死に育ててくれた。

なのに私は、
母を傷つけた。

その後悔だけは、
68歳になった今でも消えていない。


見られることが怖くなった

食べるのが早かったわけじゃない

それから、
人の視線が怖くなった。

「食べるの早いね」

そう言われることがあった。

でも違う。

早く食べたいんじゃない。

見られたくなかった。

しゃくれた横顔。

口元。

その一瞬を見られるのが、
怖かった。

だから私は、
黙って飲み込むことを覚えた。


火妖怪は歳を取らない

大人になっても消えなかった

大人になっても、
真似されることがある。

「気にしすぎだよ」

何度も言われた。

でも、
気にしない方法なんて、
私は最後までわからなかった。

傷ついた人にしか、
わからない痛みがある。

耳鳴りと同じだ。

なった人にしか、
わからない。

火妖怪は、
何十年経っても、
突然姿を現す。


それでも私は歌ってきた

火妖人として生きてきた

それでも私は、
歌を歌ってきた。

人前に立つのは苦手だった。

でも、
歌うことだけはやめられなかった。

小さな場所より、
大きなステージの方が楽だった。

遠ければ、
顔が見えないから。

それでも――

「感動した」

そう言ってくれる人がいた。

涙を流してくれる人がいた。

その言葉が、
火妖人の私を支えてくれた。

傷を抱えたままでも、
人は誰かの心を動かせる。

私は、
歌いながらそれを知った。


今だから伝えたいこと

一人で抱え込まないでほしい

もし今、
歯並びや受け口で悩んでいるなら――

一人で抱え込まないでほしい。

あなたの苦しみは、
弱さではない。

長い夜を歩いているだけだ。

そして、
その夜の中にも、
いつか小さな光は灯る。

私は、
そう信じている。

著者:黒子ダイル

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