火妖人物語 第5話|夢の終わりは迷い道

火妖人物語

**火妖人(びようじん)とは**、孤独から生まれた「心の炎」
悩みや苦しさの中で、何も言わずにそばにいて、
静かに支え続けてくれる存在です。
 ーー増田ヨシヒロ

夢の終わりは、人にとって迷い道です。
それまで確かに見えていた道が、ある日ふいに霧の中へ消えてしまいます。


足元はあるのに、進む方向がわからない。
そんなとき――人は、自分でも気づかぬうちに「火妖怪」を心に招き入れてしまうのです。

もちろん、振り返り、元の道へ戻る人もいます。
ですが私は、なぜかその道を選ぶことができませんでした。

大人は言います。
「夢を持ちなさい」と。

それが教えなのか、刷り込まれた価値観なのか、あるいは本能なのか――
今でもわかりません。

ただ一つ言えるのは、私は止まらなかったということです。
夢を追い続けていたのです。

それは、生きる力だったのか。
それとも――静かに燃え続ける「欲望」だったのかもしれません。


新しい夢のはじまり

夢が終わり、立ち尽くしていたあの頃。
乾いた風の中で、心だけが取り残されていました。

けれど不思議なことに、別の夢が芽を出します。

小学校五年生のときに触れたギター。
そして胸の奥に残り続けていたフォークシンガーへの憧れ。

それらが、時間を越えて結びついたのです。

何も考えず、静かに生きることもできたはずです。
けれど――私は、そちらを選びませんでした。

十八歳の夏。
憧れのギター・マーチンD28。

給料の三倍はしたでしょうか。
渋谷の石橋楽器店で、現金二十五万円を差し出しました。

「これをください。」

店員は一瞬、時間が止まったような顔をして、
「はい……」と静かに応じました。

家に帰り、そっと弦に触れる。

――音が、空気を震わせました。

「いい響きです……」

技術は追いついていませんでした。
それでも、確かに何かが心に触れていました。

そのとき――
火妖人が、わずかに頷いたような気がしました。

心が、確かに躍っていました。


歌うことで生きる

そこから、歌の道がゆっくりと開いていきます。

サラリーマンだった私は、休日になるとギターを抱え、
言葉と音に没頭していきました。

アリス、さだまさし、John Denver。
その歌を覚え、なぞり、やがて自分の歌へと変えていきました。

三年後。
私は会社を辞める決断をします。

家族は反対しました。
それでも――初めて、自分で選んだ人生でした。

まもなく、ひとつの店から声がかかります。

「ここで、弾き語りをしてみませんか。」

迷いはありませんでした。


はじめての弾き語り

ドアを開けると、鈴の音が静かに響きます。
カランコロン――

そこには、まだ昭和の空気が流れていました。

細長い店内。
六人ほど座れるカウンター。
壁には、James Deanの写真。

私はギターを構え、歌い始めました。

好きな歌を歌い、
それでお金をいただく。

――こんな幸福があるのかと、思いました。

「アリスの『冬の稲妻』、歌えますか?」

「はい……!」

声は少し震えていました。
けれど心は、確かに満たされていました。

歌い続けるうちに、少しずつ人が集まり始めます。

ですが――

その頃の私は、「感謝」という言葉の意味が
まだわかっていなかった。

もしも、二十歳の時に、それがわかっていたら
もっと違う人生を歩んでいたかもしれない。


欲望の影(俺の歌を聞け!)

弾き語りを始めてから、数ヵ月がたった時だった。

店内で私は弾き語りで歌っていた。
想像を超える店内の客の盛り上がり、

それは、私に対する歌の盛り上がりではなかった。

「うるさい、……俺が歌っているんだ。」

心の奥で、煮えくり返るほど叫んでいました。

くれよんで歌っていた時ではありません。
別の店の出来事です。

皆さんも、カラオケを歌っていて、ガンガン騒がれたらいやでしょう。
まして二十歳のころです。

制御がききませんでした。

私は、わざとめいっぱいの声で歌い始めました。

空気が、一瞬で変わります。
店内は、静まり返りました。

――勝った。

そう思いました。

でもそれは、大きな勘違いでした。

数年後、私は自分の過ちに気づきました。

ただ大声をあげて、だまらせただけだったのです。

本当の歌手であれば、
自分の邪念を捨てて歌えたはずです。

その頃の私には、それができませんでした。

そして、その瞬間――

火妖怪が、口元をゆがめて笑いました。

「ほら見ろ。お前は、自分勝手だなあ。ハッハッハ….」

その当時は、火妖人の笑いすら聞こえませんでした。


広がる舞台と、すれ違う夢

やがて、他の店からも声がかかるようになります。

市川真間の小さなスナック喫茶から
始まり回転木馬、クレドール、新宿のジャコール。
そして、病院での演奏。

夜の病院は、息をひそめたように静まり返っていました。

ドアを開けた、その瞬間――
大きな拍手が起こります。

その音に包まれて、ようやく呼吸が戻りました。

そんな日々が、三年ほど続きました。


夢と現実のあいだ

ある日、一人の男性と出会います。
差し出されたのは、レコード会社の名刺でした。

「レコードを作ってみませんか。」

胸の奥が、強く鳴りました。

何度も曲を作り、
「めぐり逢い」という形になります。

夢が、現実に触れた瞬間でした。

ステージ。
光。
拍手。

その中心に、自分が立っている光景。

けれど――

その人は、大阪へ転勤してしまいました。

夢は、ゆっくりと距離を置き始めます。

大会にも出ました。
駒沢、目黒公会堂、渋谷。
そして、サンミュージックにも顔を出して
先生の前で歌いました。
そして「あなたは自分の道を行った方がいい。」

その時はわからなかったが、
今ならその意味は分かる。

結果は――すべて届きませんでした。


本当の歌

いろいろな場所で、いろいろな歌に出会った。

銀座の歌声喫茶。
風邪だと言いながら、それでも圧倒的に響く声。
それは、美輪明宏でした。

そして、さだまさし、ユーミン、ハッピーエンド……

私は、少しずつ気づいていきます。

声の大きさではない。
音の美しさでもない。

歌とは――
心が、言葉に触れる瞬間なのだと。

六十八歳になった今、ようやく理解しました。

一つひとつの言葉を、
そっと手のひらで包むように歌う。

今は、カラオケでさえも、
誰かと同じ時間を分かち合う場所になりました。

あの頃とは違います。

歌に――深みが増しました。

そして、気づけば。

今が、いちばん楽しいのです。


次回予告

次回は、ファーストコンサート。
若者のパワーは予想以上だった。

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