
私は、当時22歳でした。
やさしい男性と出会い、結婚し、神様から新しい命を授かりました。
その日から私の生活は変わりました。
大好きだったお酒もやめました。
たばこも吸いません。
好き嫌いをしないように食事にも気をつけました。
お腹の中の小さな命が、元気に育ってほしい。
その思いだけで、十月十日を過ごしたのです。
そして、かわいい女の子が生まれました。
私は涙が止まりませんでした。
そのとき、お腹の中で赤ちゃんを守り続けていたのが「胎盤」。
そして、その胎盤の中で命を支えていたのが「プラセンタ」だったのです。
私は、その時代に生まれたプラセンタを、親しみを込めて「プラおばあちゃん」と呼んでいます。
もちろん、当時はほとんどの人が知りませんでした。
赤ちゃんを育て終えた胎盤から、プラセンタ成分が取り出され、美容や健康に役立てられていたことを。
プラおばあちゃんは人気者でした。
「肌の調子がいい。」
「元気になった。」
そんな声が少しずつ広がり、多くの女性に愛される存在になっていったのです。
何年活躍したのでしょう。
長い年月、たくさんの人を支えてきました。
プラセンタおばあちゃんとの別れ
ところが、ある日突然、お役所から知らせが届きます。
「これからは使用できません。」
法律と安全性の見直しにより、人由来プラセンタは新たに化粧品原料として使えなくなったのです。
プラおばあちゃんは驚きました。
「まだまだ働けるのに……。」
それでも時代には逆らえませんでした。
静かに第一線を退いたのです。
モーモーお父さんの挑戦
その後を引き継いだのが、モーモーお父さん。
牛の胎盤から生まれたプラセンタです。
力強く、頼もしい存在でした。
「今度は私に任せてください。」
その言葉どおり、多くの人の期待を背負い、一生懸命働き続けました。
ところが、また時代は大きく動きます。
世界中を震撼させた狂牛病の問題です。
安全性への不安が広がり、牛由来プラセンタも使用が難しくなってしまいました。
モーモーお父さんは肩を落としました。
「せっかく受け継いだのに……。」
プラお母さんへ受け継がれた命
その知らせを聞いたプラおばあちゃんは、お役所へ向かいました。
「お願いです。」
「この子だけは働かせてあげてください。」
けれど、その願いは届きませんでした。
門は閉ざされたままでした。
その年、92歳になったプラおばあちゃんは、静かに眠りにつきました。
けれど、プラセンタの物語は終わりません。
その志を受け継ぐ者が現れたのです。
ブーブーお母さん。
豚の胎盤から生まれた新しいプラセンタでした。
ブーブーお母さんは、空を見上げながら静かにつぶやきました。
「おばあちゃん、お父さん。」
「今度は私が頑張る。」
そう言って、前を向いて歩き始めました。
プラセンタの歴史は、また新しい時代へと動き始めたのです。
ブーブーお母さんは休む暇もありませんでした。
女性たちは、いつまでも若々しく、美しくありたいと願っていました。
「もっと肌にうるおいを。」
「もっとハリがほしい。」
「年齢に負けたくない。」
そんなたくさんの願いを胸に、ブーブーお母さんは毎日走り続けました。
しかし、その願いは年々大きくなっていったのです。

